『みんよう文化』2006年6月号より

2006フレッシュ座談会

古典をベースに誰もやったことのない演奏をしたい

津軽三味線、「東京バトル」で激突

ちとしゃん亭特別企画「東京バトルU」が8月26日、東京・サンパール荒川で開かれる。
出演する津軽三味線の若き旗手、4人に抱負を聞いた。(構成=文責・編集部、敬称略)

新田 昌弘

浅野 祥

小山 豊

柴田 雅人


―三味線を始めたきっかけは?
新田 14歳のときです。父のコンサートを見て、カッコいいと思ったからで、それまでは全然興味がなかった。
    器械体操ばっかりやっていて、道代表で、全国大会に出場したくらいです(笑)。
―それはすごい。
浅野 祖父が民謡の先生で、3歳から、和太鼓の伴奏入りで唄っていました。
小山 忘れもしない6歳の6月6日、爺さんに無理やりやらされ、高校2年まで嫌だった。ダサイと思っていましたし、
    サッカーやっていて、途中で帰るのが辛かったから…(笑)。
柴田 父の影響で9歳からです。15歳のときに、冨塚孝先生について津軽三味線を習い始めました。

―先生は厳しかったですか。
柴田 ハイ。特に撥付けは…。
浅野 8歳のとき、小田島先生です。印象は、背が高くてカッコいい先生だなあと…。稽古は厳しかったですよ。
小山 宗家が師匠ですから、もうアマアマ(笑)。親父にはちゃんと習ったことはないんです。
新田 父に弟子入り。師匠としてああせい、こうせいはありません。両方とも、負けず嫌いが似ていますね(笑)。

―津軽三味線を弾いていて、楽しいときはどんなときですか。
小山 三味線をやったお蔭でいろいろな人に出会え、人間形成の上で良かったですね。
    爺さんや親父が作ってくれた環境に感謝しています。
柴田 目標を立てて、一所懸命練習して、到達したら、また先に目標が見えてきての繰り返しです。
    沢山の人と、三味線を通じてコミュニケーションできるのがありがたいですね。
新田 なんといっても、お客さんの喜ぶ顔を見るときです。
浅野 弾いていると、自分の世界に入って嫌なことは忘れています。
    一番嬉しかったのは、14歳でA級優勝を果たしたとき。練習で、先生に怒られたのを思い出して泣きました。

●影響を受けた人は

―ご家族や先生のほかで、もっとも影響を受けた方は?
新田 木乃下真市さんや上妻宏光さんのCDを聴いて、ずっと闘ってきました。
小山 CDで、白川軍八郎や藤田淳一をよく聴きました。上妻さんはリズム感、グループ感、テクニック、
    歯切れのよさなど、ダントツですね。
柴田 木乃下さんと上妻さんですね。
浅野 私も同じで、尊敬しています。

―民謡の伴奏はしますか。
浅野 積極的にやっています。歌詞を覚えて唄ってみると状況もわかるし…。
小山 将来は、唄付けをメーンにしたいと考えています。
柴田 ええ、唄付けは基本ですね。
新田 いまは全然やっていませんが、機会がきたらやります。

―三味線を弾くときに、一番心がけていることは何ですか。
柴田 撥付けをきれいにすること。男撥、女撥をはっきりさせて、音に形をつけることです。
新田 本番以外は木撥で…。べっ甲撥のしなりを大事にしたいからです。
浅野 気持ちを込めること。お呼ばれステージやパーティーで適当に弾くと、後で情けなくなってしまいます。
小山 楽しく弾けるよう、楽しく聴いていただけるよう心がけています。

―どんな三味線プレーヤーを目指していますか。
小山 いい人になりたい、人間力をつけたいとひたすら願っています。
新田 デビューしてすぐ、レコード会社と契約。現在はフリーです。
    新田にしか頼めない、引き出しを持っているマルチプレーヤになりたいですね。
柴田 古典をベースにして、誰もやったことのない演奏をしたいです。
浅野 いろいろな楽器と、セッションできるようになりたいですね。

―『東京バトル』では、白分のどんなところを表現したいですか。
浅野 大好きな民謡をアレンジして、白分らしさを前面に出したい。エレクトーンの長門暁くんとは同じ年。
    話題が合うんです。上戸彩が好きとか(笑)。
新田 小指を使うと、こんな音が生まれるとか、演奏法の進化を見せたい。
    飲んで騒いで踊って、悲しみも共有する曲が好きです。
    ギターのDean Magrowさんと一緒にやるのも、カントリー的なところが合うので…。
小山 ただ、気の合った仲間と楽しんで演奏する「和」の部分を感じていただけたらと思っています。
柴田 みんな先輩。一緒に楽しんでやれればと思っています。
    「閃雷」のメンバーとは、年齢も近いので仲良くやっています。
    でも、喧嘩するくらいが必死さが出ていいとも言われます。

―三味線を始めてから、悔しかった思い出はありますか。
新田 最近、仕事で、自分勝手を言ったため、父にカツを入れられ、口惜しくて泣きました。
    わがままに気がついて、白分白身に腹が立ったですね。
浅野 一番悔しかったのは12才のとき、弘前の全国大会B級での予選落ち。
    妹も三味線をやっているので、スランプのときなんか分かってくれて、脱出したこともあります。
柴田 高校1年生のときです。金木の大会で何の賞も取れなかったので…。
小山 三味線をなめているんじゃないよと、人から言われたことが、一番悔しかったことです。

●夢と趣味

―将来の夢は思い描けますか。
柴田 柴田三兄弟と「閃雷」を世界の人たちに聞いていただきたいですね。
小山 人に愛されるようになりたい。
浅野 外国へ行って演奏をしたい。それも、あまり身近でないアフガンとか、イラクなどで、
    音楽を通して心が通じ合えるようになりたいです。
新田 津軽三味線を弾く、音楽プロデューサーになることです。

―趣味は何ですか。
浅野 サッカー、将棋、テレビゲーム。
新田 釣り、ゲーム、映画鑑賞、特にSFものが大好きです。
小山 趣味は腐るほどありますが、いまは寺めぐりです(笑)。
柴田 三味線ぱっかりです(笑)。

■家元から一言■
新田弘志 海外で身につけた言葉の壁を越える、三味線&ギターの会話を、聞いていただきたいと願っています。
小田島徳旺 ガチンコ勝負の熱いイベントで、祥白身の熱い思い、優しい心がにじみ出る音を表現できれば…。
小山貢 どんなときも心から応援していますよ。メンバーに入りたい…。
冨塚孝 大舞台で、本来の力を発揮し、観衆の心に響く音色を出してくれることを祈っています。

【木乃下真市さんから工ール】
若くして、自分色の光を放ち、輝いている4人が一堂に会し、交差する瞬間を見逃すな!

『バチ2』2006年4月号にも紹介記事が掲載されました。