店主日誌
2005年10

10/31
(月)
 間もなく歳末謝恩セール。暮れまでまだ2ヶ月あるのになんか煽るみたいカナ。でも楽しみにお待ち下さる沢山のお客様のためにも整理してきちんと準備いたしましょう。
10/30
(日)
 書きもらした日のことを残しておこう。

 16日の日曜日。私は朝7時過ぎの中央線に乗り小淵沢に向かった。夢を見ていたのかもしれない・・・・・・このまま行けば北アルプス。かつてよく行った山を歩いている自分を想像した。あっという間に小淵沢に着いた。
 小海線に乗り換えて清里で下り、先ず最近知り合った友人が作った『家』を見に別荘地を地図を頼りに捜し歩いた。きちんと区画整理された道を敬遠し、細い抜け道のような散策路に入ると「こっちだよ」というように一匹のリスがスルスルと尻尾を振りながら案内してくれた。おかげでめざす『家』に難なくたどり着く。友人には内緒で来たので誰もいないことはわかっていた。ただ彼が作ったその『家』をすぐ目の前で見たかっただけ。

 そのあと再び歩いて清里駅に戻り、今度はタクシーで清里フォトミュージアムへ向かう。開館10周年記念展「WWII-日本の敗戦:キャパ、スミス、スウォープ、三木淳の写真」と、「早乙女勝元が語る“戦争”と木乃下真市が奏でる鎮魂歌」を観るためだ。戦中、戦後の従軍カメラマンが切り取ったその一瞬の映像が鮮烈に目に焼きつく。早乙女勝元が明晰に語る東京大空襲とその後の証言記録も一つ一つ心に残った。

 そして、木乃下真市の津軽三味線の演奏が始まった。初めは『よされ節』。マイクを使わない生演奏は150人ほどの観客に静かに語りかけるように、『津軽音頭』、『弥三郎節』、『十三の砂山』と続く。『あいや節』に至っては、一音一音が心の奥深くまで沁み入り息が詰まるほど感動する。すべての曲が初めて聴いたような気がした。
 最後の『じょんから節』が始まると同時にその直前に見た戦争写真の一枚一枚が木乃下さんの後方ににスライド映写され、徐々にそれぞれの写真が動き、会場内の斜め、上、下を這ってゆく。悲惨な感じはなく、まるで60年の時を越えて木乃下真市の演奏を一緒に楽しんでいるようにさえ感じた。

 この日は妙に密度濃く、不思議な一日だった。

10/22
(土)

 昨日から3日間、今度は武道館の郷土民謡全国大会に出店、昨日今日とS・山口氏孤軍奮闘。M・山口は毎日夢絃21とサイレントの仕上げで例によって狭い店内、細かい部品や部材をショウウインドーの前に広げるだけ広げて、組立てたり分解したり音だしチェックの繰り返し。私たちは11月3日から行う謝恩セールの用意や忙しくなってきた張替とその届けなどに追われている。

 空は秋晴れ、店の前をゆっくり走る都電の音がさわやかな風に乗って、いつもより軽やかに聞こえてくる。

 それにひきかえ、8年15万キロ乗っている我が三味線かとうの“ロールスロイス”がいよいよ重症だ。ここ1ヶ月ほど前からバックする時など車体後方より微かだがシュルシュルという音がしだして、その音が日々大きくなり、今ではバックする時だけでなく走っているだけでシュル〜〜、ブレーキをかけなくともシュルルル〜。そのシュルル音は静かな狭い路地ではいっそう大きな音に聞こえ、前をゆく歩行者が思わず振り返るほどだ。そこでブレーキなどかけたら目も当てられないものすごい音になる。あぁ、運転していてため息ばかり、と言ったら愛車にかわいそう・・・。あと数日の辛抱だ、どうか持ちこたえてほしい、わがいとしのロイスちゃん。

10/13
(木)

 今日から4日間、日本民謡協会主催の全国大会が始まり、出店の為、早朝より国技館に向けてS・M両山口氏は今日も元気に出発する。あっ、昨日S氏は風邪気味で発熱寸前、倒れそうだったが大丈夫であろうか? ちょうど今頃、国技館は開場の時間でお客様がロビーになだれ込んできてバタバタしているだろうが、電話もないし何とかなっているのでショウ。

 私は店で仕事と留守番。いよいよ張替の時期になったので手ぬぐいキリリと締めてがんばるのだ。

10/12
(水)

 昨日の夕方、津軽三味線・太鼓マガジン『バチ2 Bachi-Bachi』編集長の織田さんが来店、『バチな人』コーナーの取材あり、来月号に掲載予定だそうだ。

 その後、織田さんも一緒に、福士豊秋さんと成田雲竹女さんの結婚30周年と芸能生活30周年を同時にお祝いする会に出席させて頂く。木乃下真市氏、2代目佐藤錦水氏、上妻宏光氏らが発起人となり上野精養軒で行われた。開会のセレモニーは、佐藤錦水さんの尺八と横川裕子さんが謡う『長持唄』にのせて、その向かって正面、客席後方中央より木乃下真市さんを先導に福士豊秋先生、成田雲竹女先生、その後に上妻宏光さんがそれぞれ紋付袴に着物姿で凛々しく進み出た。

 その直後の誰もが思いがけないと思ったに違いない『感動の場面』から福士ご夫妻の熱い涙で始まり、祝賀会はお二人のお人柄に豪華なゲスト陣の温かい唄と演奏も加わり盛況の約4時間近くに及ぶ濃密な時間が過ぎてゆく。

10/10
(月)

 昨日、初めて那須の茶臼岳に登った。山頂近くまでロープウエーで行き、そこから頂上までゆっくり歩いても40分位のものだが、2ヶ月前の捻挫が完治していない右足がもってくれるか多少不安だった。大きい岩のガレ場を一歩一歩、気をつけてゆっくり登る。頂上は殆んどガスっていたが久しぶりの三角点に立ち嬉しくなる。ガスの切れ間にかすかに姥ケ平方面の紅葉が見えた。

 下りは登り以上に気をつけて歩き、ロープウエーの手前を右に折れ、20分も行くと視界が一気に開ける、ここが姥ケ平だろうか? 見下ろす一面が見事な紅葉で、その美しさは初めて見るものだ。

 今朝になって足の炎症はないか、痛みはどうか、目が覚めてすぐに確かめた。ありがたい事に全然痛みもなく、完治まではいかないがもう大丈夫だ。

 那須はお湯もとても良い。山も緩やかな道が多いのでゆっくり歩くには最適だ。ここは東京から近いわりに今まで来た事はほんとに少ない。これからはリハビリのつもりで何度でも訪れよう。

10/8
(金)

 5日は、『西潟昭子 三味線コンチェルト2005』東京芸術劇場大ホール。当日、M・山口は使用するエレクトリック三味線『夢絃21』のサウンドチェックに朝から入り緊張の本番に備えた。

 7日、M・山口は『うめ吉 お月見ライブ』にライブハウス『新宿ミノトール2』へ。うめ吉さんが『夢絃21』初使用ということもありサウンドチェックにお邪魔させていただく。

 その後、その場所から直線で100メートル程の距離にあるライブハウス『紅布』へ掛け持ちサウンドチェック、出演は関西で活躍する『マホロバガクザ』。

 私はうめ吉さんの1ステージ目の本番を見て、マホロバガクザに駆けつけた。こんなに短い距離で、趣向は全然違うが三味線が主役のライブを同時にやっている。しかも両方とも『夢絃21』を使用。

10/6
(水)

 1日の第35回ちとしゃん亭は、店内も外の2列に置いた縁台も満席でその周りを取り巻く立ち見のお客様でいっぱいに溢れた。内容については来られた方のみぞ知るおもちゃ箱。

 今回もちとしゃん亭を行うことが出来て良かった。いつものことではあるが、何よりも出演して下さった方々とお客様の喜んで下さる顔を見ることは至福の歓び。ゲスト『伝の会』の杵屋邦寿さん、松永鉄九郎さん、素晴らしい演奏を有難うございました。