あんさんぶる 2008年3月号(カワイ音楽教育研究会本部発行)

人はみな歌い、踊る <Vol.14>
今を生きる三味線

文・写真=横井雅子 音楽研究家。国立音楽大学准教授。

 都電荒川線がガタゴトと通る道ぞいにそのお店はある。

 三味線かとう。以前から名前とそのユニークな展開を耳にしていて、とても気になっていた三味線屋さんだ。現代のニーズに応えた楽器作りを見てみたい、という学生たちのたっての希望もあって、訪問させていただくことにした。学生たちがその目で確かめてみたいと熱望した理由は、この三味線屋さんがオリジナルな三味線を開発し、大きな反響を呼んでいるからだ。これまでに活字やメディアに採り上げられたことも一度や二度ではないので、ご存知の方もいらっしゃるに違いない。三味線かとうはエレクトリック三味線とサイレンサーつき三味線という、ネーミングからしていかにも現代的な楽器を提供している。

 実は、津軽三味線の木乃下真市さんのステージでこのエレクトリック三味線が演奏されているのを目にしたことがあったのだが、エレキ楽器にありがちなノイズのトラブルがまったく無くて、異ジャンルとのコラボでも津軽三味線のサウンドがクリアーに伝わってきた。まさにそういう使い方を目ざして開発されたものなのだという。店主の加藤金治さんはステージで異ジャンルや従来は想定しなかった編成で三味線が使われる機会が多くなったのに、三味線のよさが埋没してしまうことを残念に思って、エレクトリック三味線を思い立ったというのだ。マイクを立てて他の音まで拾ってしまったり、機動性に制限ができてしまうことなく、三味線のサウンドそのものをきれいに増幅するという一点を大事にして作られた楽器だ。胴体の裏側が皮でなく樹脂製の蓋になっていて、装置やアースが内蔵されている点と、立って演奏する需要に応じてストラップを装着するピンがつけられている点を除けば、形も素材も従来の三味線と変わるところはない。耳で聴く効果と比べると、目にした楽器自体はちょっと拍子抜けするぐらいシンプルだが、逆にマイクの位置や増幅の加減などは楽器ごとに微妙に異なり、経験をたよりに調整することになるのだそうだ。もともとエレキ用に開発された楽器とは異なる側面をここに見ることができる。

 こう書いてくると、三味線かとうは特殊な楽器を主に扱っている三味線屋さんと誤解されそうだが、もともとは皮の張り替えを中心とした楽器店だ。実際、店内の壁にしつらえられた棚には皮張りを待つ胴が棹を抜かれた状態で積みあげられていて、数多くの演奏家、愛好者を支えているお店であることが実感できる。そうした利用者からの紹介だったのだろうか、身内の遺品の三味線を携えた女性客の訪問とちょうどいきあった。皮が破れ、ケース内にはカビも生えた状態で、「遺品として皮を張って残せればいいですから」とその客はやや消極的に言っていたのだが、棹も胴も一級のしっかりした楽器で、ふさわしい皮を張ればよみがえることを加藤さんから聞かされると、そのうちに弾いてみようか、と心を動かされたようだった。ごく短いやりとりの中で楽器と使い手本位の加藤さんの姿勢がまっすぐに伝わった様子が手にとるようにわかる。これで楽器がひとつ生き返った、となんだか自分のことのようにうれしくなる。

 使い手本意の加藤さんの姿勢が表れているのがもう一つのオリジナルであるサイレンサーつき三味線だ。今のところ津軽三味線に限定されるというサイレンサーつき三味線は、そもそも叩いて演奏するのが特徴の津軽三味線につきものの撥音、意外にしっかりと響くサワリの音を気にせずに、たとえばマンションなどでも心おきなく練習できるようにすることを目ざしたという。消音駒のように音色白体を変えてしまうことなく、ヘッドホンから三味線らしい音を聴きながらさらえるという。このサイレンサーつき三味線は作り手の予想をはるかに超える需要があったとかで、当初は生産が間に合わないぐらいだったというから、現在の住宅事情でも練習できる楽器があればやってみたいという人は潜在的に少なからずいるだろう。三味線を授業で習っている数名の学生たちの間で「おおっ!」とどよめきにも似た声が上がったのは、オリジナルの滑らない糸巻き。学生たちが日ごろ調弦に手こずっている様子が察せられるが、これまた使い手本意の心憎い工夫というべきか。

 三味線に限らず日本に取り込まれ定着した音楽や芸能は時代と共に少しずつ形を変え、その時どきの人々の心を捉えてきた。その伝統芸能を現代にどう生かしていくか、さまざまな立場の人がさまざまに頭を悩まし、日々とり組んでいる課題だ。ひとつ言えることは、なるべく多くの人が伝統芸能を共有した方がいい。そしてそのために現代の技術が役立てられるのなら、積極的に利用した方がいい。三味線をもっと活かしたいという願いに支えられた創意工夫を見て、私はその意を強くした。