津軽三味線全国大会で優勝した人気者同志が同じ舞台で腕を競う こんな魅力的な会が七月九日、東京・日暮里サニーホールで開かれた。「津軽三味線チャンピオンーT0KY0決戦」これは見逃す手はないと、乗り込んだ。
 主催したのは工レキ三味線でおなじみの「三味線かとう」。舞台はボクシングのタイトルマッチに見立てられ、開演のファンファーレの後、外人レフェリー(司会)が英語で二人を紹介。「八二年・八三年チャンピオン、佐藤通弘! 八六年・八七年チャンピオン、木下伸市」。上手・下手から登場した二人は舞台中央でガッチリ握手。そしてゴング。
 第一部は二人のオリジナルバンドの競演だ。木下伸市のバンドはこれが初舞台。二十代のフレッシュな演奏を聴かせた。「自分がメインになってやるライブは初めて。こんな形でこれからどんどん活動していきたい」。木下の夢がこの会で現実のものとなった。
 佐藤通弘スーパーユニットは年季の入った演奏を聴かせる。クセのあるメンバー同志のやりとりがおもしろい。「こんなグルーブ演奏をお金に結ぴつけたい」とは佐藤の夢。
 第二部は一対一の対決だ。まずは木下の曲弾きから。演目は『津軽おはら節』と『津軽あいや節』。佐藤は『津軽音頭』と『津軽三下がり』を聴かせる。そしてこの会のメインイベント、二人の即興対決。往時、津軽では三味線勝ち抜き戦が行われていたが、まさにその決定戦を見るごとく、二人の持ちうる技術とアイディアを最大限駆使しての演奏だ。
 『じょんから節』をもとに、二人のユニゾンで演奏が始まる。そして木下の即興にうつる。横では佐藤がその演奏にじっと耳を傾ける。木下の身体はほとんど動かない。しかし、音は低音から高音へと大胆に駆けめぐる。佐藤の即興にうつると、リズムが突如変わった。佐藤は時にリズムに乗って身体を左右にゆすり、また船漕ぎ奏法とでもいうべく、三味線を前後に振りながら豪快な演奏を見せる。
 緊迫した演奏は客席を呑み込んだ。応援用に前もって渡されていたうちわは振られることはなく、観客はただ息を呑むばかり。十分ずつの即興が終わると、二人の同時即興が繰り広げられ、そして終わった。会場からはため息と同時に、割れんばかりの拍手。
 退席するお客に感想を聞いた。「素晴らしい」「しびれた」「三千円じゃ安すぎる」と、ただ興奮の声が返ってくるだけ。どちらに軍配をあけるか聞くと、「タイプも違うし較べられない」。
 戦い済んで木下ほ言う。「うれしい。一緒に舞台に上がれてペストを尽くせた。この日のために頑張ってきたんだから…」。
 佐藤は言う。「ベストを尽くした。自分だけにしかできない世界を目指しているから、勝ち負けは意識していない。以前は他人には負けないという気持ちがあったけれど…」。
 八月四日に追加公演が決まった。(記/田中)

邦楽ジャーナル』1993年8月号より

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