AXIS 89号 2001年1月1日発売

匠のかたち
Traditional Craft Forms

津軽三味線
Tugaru Jamisen

三味線に対する知識や思いは世代によって大きな差があるようだ。
現在の小学生となると、
その大半が三味線に触れたこともなければ、じかに見たこともない、
例えばアフリカの楽器に対するのと同じような眼差しで見つめると言う。
弦をばちで叩くことによって奏でる撥弦楽器。
小学生ならずともそのかたちを凝視すると、
驚くほど巧妙で精密な機能と技が隠されていた。

There seems to be a large generatioll gap when it comes to how much knouledgepeople have about the shamisen (the three-stringed traditional Japanese instrument)and the sentiments towards it. 
For example, today's primary school students look at the shamisen as if they were looking at an African instrument.
The shamisen is a simple instrument played by hitting the strings with a plectrum. 
If you pay close attention, however, you will notice that astonishingly ingenious and Precise functions and skills are bihind the shamisen. 


写真/鈴木 豊

三味線には3つに分解できる3つ折のほか、5つ折、6つ折などもある。棹の継ぎ目やさわりなどミクロ単位の精度で製作しながらも、完成形にはプリミティブな部分が残るユニークな楽器といえるだろう。例えば、紫色の組み紐は音緒(ねお)と呼ばれる、弦を太鼓底部に留めるパーツだが、組み紐であるため弦の張りを一定に保つのには向かない。そういった遊びを弾き手が調整することで、独自の奏法や音色を生み出している。(写真注)

While most shamisen necks can be split into three pieces, there also exist those that can be split into five ar even six pieces. Despite the microscopic precision in such parts as the neck joints and sawari, some primitive parts are left in the completed form. Fuzzy areas, since the music sometimes requires the player to adjust tension of the strings while performing, are created intentionally.

知られていない三味線の構造

 「ギターの弦は6本だと大半の人が知っているけれど、三味線の数となるとわかる人は僅かしかいない」。津軽三味線奏者の若手ナンバーワンと評される木下伸市氏は言う。
 三味線の弦は3本、主に絹製。皮は猫または犬皮。棹と太鼓部分の木は、稽古用三味線に花梨が用いられるほかは、硬質で密度の高いインド産紅木が使われる。さらに、長さ約1mの棹は3つに分解が可能だ。これは何もプ□仕様の三味線に限ったことではなく、すべての三味線に備えられた機構である。三味線が元来、旅芸能として発達してきたことが要因なのだろう。持ち運ぴの便を図るという演奏側の要望と、長さを短くすることで木の狂いを最小限に止めるというつくり手側の配慮から生まれたと考えられる。
 津軽三味線の奏者と製造者は、全国各地に広がっている。津軽三味線友の会東京支部長、斎藤重男氏によれぱ、稽古事として嗜む人を含めれぱ、その数は5万人に上ると言う。そして、現在、木下氏をはじめとする20、30代の若手奏者が牽引車となり、津軽三味線プームが起こりつつあると業界関係者は見る。実際、三味線の製造元である熊谷きく岡(埼玉県熊谷市)では、三味線全体の生産量が対前年比100%増。従来、全体生産量の10%程虔だった津軽三味線がいまや50%を占めているとその人気振りを説明する。

音色を決定する皮張り

 では、なぜ現在、津軽三味線が人気を集めているのか。1つは2002年から中学校の音楽課程で和楽器の演奏が必修となる。その影響を受け、邦楽全体に注目が集まっていることが遠因としてあるだろう。しかし、本当の理由は、津軽三昧線の演奏形態や演奏曲にパリエーションが増えたことだ。木下伸市氏が用いる津軽三味線の1つに、東京・荒川区の「三味線かとう」がつくったエレクトリック三味線がある。マイクを内蔵したこの三味線の誕生は、弦を叩くぱち音ばかりを拾い、肝心の音程や音色を消していたスタンドマイクとは異なり、大太鼓やロックパンドとの共演、野外コンサートを可能にするなど演奏形態の多様性を生み出した。
 三味線かとうの加藤金治氏は、エレクトリック三味線の開発に2年を費やした。津軽三味線の速いばちの動きに⊃いていけず、拾わない音が出たり、また後日聞きなおしてみると生音とは微妙に違っていたりと文字通り試行錯誤を繰り返した。それはマイクの位置1つで、また皮の張り方1つで音が変わる微妙なものだったという。加藤氏は「エレキ三味線なかりせぱ、という自負はあります」とその自信を覗かせる。
 とはいえ、エレキ三味線であろうと、従来のものであろうと、津軽三味線ならではの音色は、太鼓の皮張りが決め手となる。木下氏が「音を聞いただけで誰が皮を張ったかわかるぐらい、職人さんの個性が出るものです」と語るほどだ。
 皮を触り始めて38年という加藤氏は、「よく鳴る皮は見ただけでわかる。これはもう勘としか言いようのない世界」と言う。また、習いたての人にカンカンに張った三味線ではかえって音が出しにくいというように、奏者がどのような人か、例えぱ、年齢、腕前などを考慮しなければならない。生き物の皮だけに1枚1枚の厚さや硬さが異なるのは当然だが、体の部位によってさらに厚みが微妙に異なる。加藤氏は「英国のパイ才リニストが猫の皮を見て、強弱がバイオリンと同じ形になっている。だからこんなにいい音が出るんだと語ったことがあります。厚みが均一で平らなものはダメなんです。1枚のなかに強弱があるからいい音が出る」と言う。皮は慣れてくると柔らかく、パネのようになり、音を共鳴させるのだが、皮張りの段階では「破れることが間々あるくらい、ギリギリまで張り上げていく」。湿らした皮をキセンと呼ぱれる木製の挟みでくわえ、胴部分に付着させる。このキセンのくわえ方が張りを決定するものとなる。
 三味線かとうに持ち込まれた、使い込んで破れた太鼓を見た。皮は皮膚の流れに沿って、まるで和紙が破れたかのように繊維を残しながら裂けていた。


さわりという余韻音

 木下伸市氏の津軽三味線の特徴は、ダイナミックで迫力のある胴鳴りする音と速い動き。木下氏は常日頃、「強く叩いて迫力を出す。大きい音、小さい音、そのレンジを広くする。そして、最後にツボを外さず、常に共鳴するように心がけている」と言う。
 ツボ、というのはつまり弦を押さえるポジションだ。三味線にはギターのようなフレットがない。しかし、そのツボをほんの僅かでもはずすと、三味線特有の「さわり」を付けることができない。「さわり」とはビーンと複雑に唸る、弦と皮の振動する、またその音が太鼓内で共鳴する余韻音だ。それが音だけでなく、演奏しながら、さらにさわりが共鳴し合うことで複雑な音色を生み出している。さわりはツボを的確にとらえなければ、また皮がきちんと張れていなけれぱ鳴らすことはできない。さらに津軽三味線には、棹の上部、弦を留める糸巷きの下に「さわり」と呼ぱれる突起がある。この突起は凹凸を調節できる仕組みになっていて、一の弦を振動させるために、つまり「さわりをつける」ために用いられる。
 ところで、先に棹にはフレットがなく、つるりとしていると書いた。棹は3つに解体できるとも記した。さらにぱちを叩くように演奏するため、棹にもかなりの負荷がかかる。棹の継ぎ目の断面は垂直ではなく鍵状て、内部てほぞと溝が噛み合う構造だ。しかし、棹を指でなぞってみても、繋ぎ目がどこにあるのかわからない。棹を製作する熊谷きく岡の星野恵司氏によると、「木は時が経つと狂いが生じるから1,000分の1oの精度は必要ない。しかし、100分の5oは人間の肌が判断できる。だから、繋き目の誤差はおおよそ100分の2から3」と言う。ほぞと溝の噛み合った棹は、素人には解体できないほど隙間なく密着しており、1本の木と見違えるほどだ。
 三味線の胴、棹づくりは、手作業の部分と限りなく手わざに近い機械工作の部分から成っており、星野氏の工場を見渡すと所狭しと工作機械が並んでいる。そしてこれらは星野氏自らがすべてつくり出したものだ。「三味線は木工用の機械の精度ではつくれない。だから鉄鋼用の機械を仕入れ、鉄の塊から刃を1つ1つ研ぎ出し、メーカーとして量産できる体制を整えている。技術を個人で囲っていたら三味線が絶えてしまうし、5〜10年周期で考え方が変わるからつくり方も変えていかなくては」と言う。同じ意味のことを加藤氏も語っていた。事実、そうでなげれぱ、エレクトリック三味線を創造しなかっただろう。「うちは老舗店からのれん分けしてできた店ではないんてす。だから自由にできる。それにこの世界に入る前から、皆が『古い仕事なんで未来なんてないよ。暇だね、景気良くならないかな』と言って状況のせいにしていた。だけど、仕事なんて自分で探せぱいくらでもあるんです」と言い、大御所と呼ぱれる奏者ではなく、これからの世代、若い人たちに向かって仕事をしている。実際、店舗兼作業場にはひっきりなしに若い人たちが訪れていた。そのうえで、職人としては、「名人と呼ばれる人が職人は一生修業、これでいいってことがないんです、と言うのを聞くと、今までは嫌だなと思ってたんです。でも最近そういう気持ちがわかるようになってきた」と言い笑った。
 「津軽三味線を伝統芸だと思ったことは一度もない」と木下伸市氏は言う。個人芸、即興音楽である津軽三味線は時代に合わせて確実に変化している。その変化を創造しているのは、週去を学ぴ未来を見つめる職人と奏者たちにほかならない。(A)

本文英語(English)


一般的にいい三味線というと銘木的な意味合いが強く、紅木(こうき)そのものの「とら」と呼ばれる模様、色、重量感が価格を左右する。「とら」とは表面に現れる砂丘のうねりのような柄。インド産の紅木は当初紅く、空気に触れると含有する鉄分が酸化し黒っぽくなる。

A good shamisen is generally determined by the excellent quality of the wood used, and its price depends on the pattern, color and density of the redsander wood Excellent redsander wood has dunelike wave patterns. Redsander wood is red in the beginning but gradually turns blackish after being exposed to air as the iron content oxidizes.

棹の先端、糸巻の部分を「天神」と呼ぶ。これは加工前の天神。

The top part(head) of the neck is called"tenjin."This is tenjin before being processed.

熊谷きく岡の星野恵司氏は、「棹づくりでは機械にかけるため木のいちばん良いところを見極め、センターを決める。それは熟練した人間の仕事だ」と言う。

Keiji Hoshino of Kumagayakikuoka: "In making the neck we have to decide the center of the material before we run it through the machine; it's a job for a skilled master " 

糸巻き下にある「さわり」をつくるため、突起物を組み込む。弾き手が調整するさわりの凸凹は、間近で見てもわからないほど微妙だ。

A protrusion is embedded to make "sawari" below the tuning pegs. The indentations of sawari are so subtle that they are not noticeable even when observed up close.

棹を解体し持ち運ぶ際、継ぎ目の部分を傷めぬよう、「仮継ぎ」をつける。漢字で書かれた文字は、2個1セットの仮継ぎを判別するためのもの。「こういうところもアルファベットじゃなく、漢字なんだよね」と星野氏。
"Karitsugi" (temporary joints) are attached so that the joints are not damaged when dismantling the neck for transporting the shamisen. The letters written in Chinese character are for matching karitsugi (2 per each set).

乾燥した皮はまるで画用紙のようだが、皮張り前に湿らせ、その後、接着剤のつく部分のみヤスリで甘皮を削り取る。

Dried hide that looks like drawing paper is moistened before stretching. They then scrape off the cuticle where adhesive is to be applied. 

胴に皮を接着する際、練った餅米の粉を使用する.。粉の水分量や練り方は皮の厚さや種類によって微妙に調節すると加藤氏。

Kneaded sticky rice powder is used to glue the hide to the body.

加藤金治氏は三味線の棹師だった父親を持ち、中学卒業と同時に皮張り職人のもとへ修行に出た。芝居に打ち込み一度は皮張りを辞めたこともあったそうだが、1989年自らの店「三味線かとう」を東京荒川区に設立。同時に楽器メーカーに勤めていた山口繁夫氏とともにエレクトリック三味線の開発に取り組んだ。店の一部にしつらえた作業場は「ちとしゃん亭」と呼ぶオリジナルコンサートの開場をも兼ねる。三味線かとうの詳細は、http://www.shamisen-katoh.comまで。

Kinji Katoh founded his own shop Shamisen Katoh in Arakawa Ward, Tokyo in 1989 A part of the shop is his workspace and also acts as a hall for original concerts. Visit http://www shamisen-Katoh.com for more details on Shamisen Katoh.

 

 

 

 

プロだけが集う津軽三味線全国大会2000年山田千里杯争奪戦でチャンピオンに輝いた木下伸市氏は、津軽三味線を「単純な楽器だけに扱うのは難しい」と言う。皮の張り替えは早い人で1〜3ヵ月、長くても半年と説明しながらも、自らは2、3年していると笑う。「皮を張り替えるとまったく別の三味線になる。奏者の音質だけではなく、皮張り職人の音ともいえるんだよね」。木下氏の詳細は、http://homepage2.nifty.com/king-of-tsugaru/まで。

Shinichi Kinoshita is the winner of the Tsugaru Jamisen National Meet 2000 Tisato Yamada Cup Competition at which only professional players gathered While he says most people replace their hide every one ta three months, or six months at the most, he leaves his hide on for two to three years. "After stretching another hide on the shamisen, it becomes a totally different shamisen It's not just the player's sound, it's also the stretcher's sound." http://homepage2.nifty com/ king-of-tsugaru/

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